松居一代さんユーチューブで・・・

喜怒哀楽。人が持っている感情ですね。

すべてを言葉で表すことが出来るのは人間だけです。動物には動きなどで、おそらく・・・という推測までしかできません。ある意味、これは人間が持った素晴らしい能力ではないでしょうか?

ただいくら言葉で表すという能力があって、言葉であらわすべきではない時や場合があります。人間には理性がありますから、それを考え、たとえ喜怒哀楽を表したくても表さないという選択肢を選ぶこともあります。これも人間が持った素晴らしい能力だと思います。

ではどういう時に、そういう選択肢を人は選ぶのでしょうか?またその理由は?ですが、それは相手がいる時で喜怒哀楽を表すことで相手や周りが不快な思いをすると考えた時(察した時)ではないでしょうか。

ですから一人でいる時なら、喜怒哀楽、感じた気持ちをいくらでも言っていいと思います。周りに誰もいなく迷惑などは掛からないですからね。(もちろん叫んで、ご近所から「うるさーい」って言われない程度ですがね)

つまり、喜怒哀楽を表したくても表さないという選択肢を選らんだり、選ばなかったりする理由は、相手や周りのことを考えているからだと思います。

さて、今回の表題の件ですが、松居一代さんは、「怒」を言葉で表現したように感じます。

もちろん、先ほど申したように人は理性が喜怒哀楽の感情を抱いても言葉で表さないという選択肢を選ぶ時もあれば、反対に言葉で表すという選択肢を選ぶこともあります。今回の松居一代さんの選択肢は後者を選んだのでしょうね。これについて、今は私はそれが正しかったのか、間違っていたのかは分かりません。

ただ、今後、様々な人からの意見が増えてくると、正しかった選択であったか間違った選択であったかは、自ずと分かってくるでしょうね。