当たり前であることへの感謝・・・

 原発事故以来、節電がさけばれるようになりました。ニュースでも、あらゆる企業や行政が節電をおこなっております。
中には、今まで「見映え」や「行きすぎた顧客満足」のために無駄な電気を使っていた所もあったように思います。

 環境保護のために節電がさけばれていましたが、なかなか進まず、本当に切羽詰まった状態になり、人は本気で節電を考えるものだと感じます。つまり、結局は環境保護の為の節電では人間は動かず、自分のための節電になると本気で動くということです。

 一方で、今生活している快適な環境が当たり前だということが間違いであったことにも気づかされました。ここで具体的に書くと長くなるので割愛しますが、皆さんも同じような気持ちでいるのではないでしょうか?

 この当たり前だと思ってしまう気持ちが自分勝手な行動に進展し、感謝の気持ちをなくしているように感じます。

 最近、子供の頃に両親が離婚した女性から、「結婚したら普通の家庭を築きたいと思っています」と聞きました。
普通の家庭…いわゆる平凡な家庭は当たり前と思われがちで、それよりもっと快適な家庭を求めるのが世の常です。しかし、ここで当たり前だと思うと、自分勝手な感謝のない関係になってしまいます。

 先程の女性は、おそらく家庭を持てたことで感謝をすると思います。そしてこの気持ちが彼女を幸せな家庭に導いてくれると思います。

今回の節電から当たり前であることに感謝してみてください。
おそらく今までとは違った気持ちで物事をとらえられるようになると思います。

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